ねごと日記

ラジオときどきPodcast

ねごとcafe 人のせいにする

おはようございます。陽気なねごとです。

ダイエットは順調。ジムにも通えているし、食事とお酒の制限もできている。

まあまあいい感じなんじゃないかな。

そんな日々の中で、ちょっと気づいたことがあるので書いてみる。

 

「人のせいにするな」

この言葉を、親から先生から何回言われたことか。

本当に自分のせいだったら問題かもしれないが、

"100%自分のせい"なんてこと、そのうち何回あっただろう。

絶対にグラデーションはあるし、私だって好きでそうしたわけじゃない。

そんな日が間違いなく混ざっていると思う。

 

最近、この「人のせいにする」ことは、時に私自身を救うような気がしている。

 

私は、よく言う長女気質からか、何でもかんでも

「できる限り完璧に」「怒られないように」「全部私が被ればいい」と

思いがちな性格だった。

しかしそれはだんだん歯止めが効かなくなり、

「全部私が悪い」「私がうまくできなかったからだ」「私の運が悪いからだ」と

自分に刃を向け始めてしまう。

これがとても悪循環で、私が私のせいで過剰に落ち込んだり、

傷ついたりしている要因になっていると、なんとなく気付いてはいた。

これって、なんていうの?リアルな傷ではないけど、自傷行為なのでは?

そうだとしたら、自分で完璧を求め、理想を追いかけ、(ここまでは良い)

叶わないとわかると途端に自分を傷つけ、落ち込み、立ち上がれなくなる。

何も生まれない、こんな無駄なことあるだろうか。

それでも、この最悪サイクルをなかなか抜け出せないでいる。

 

そこで私が実験し始めているのが、

あれだけ「やってはいけない」と言われ続けてきた「人のせいにする」こと。

これが今のところ非常に私に合っている。

 

もう少し具体的に書いてみると、

「こうありたい」と思っていた30代の私がいるとする。

実際、そうなれていないし、「なりたい」という気持ちが強すぎて

制御不能になっている。「なりたいのになれない」という刃になって、

私自身を毎日抉ってくるし、「なれている人」を毎日のように見かけるので、

その度にまた自分に傷をつけ始める。

「なんで私はなりたい自分になれないの」

「なんであの人はいとも簡単に夢を叶えているの」

(簡単かどうかなんてわからないのにね)

「なんで?どうして?前世で悪いことした?」

「あ、これまでの人生でも私はたくさん人を傷つけたんだった・・・」

「そのせいだ、私は罪を償わなければならないんだ・・・」といった思考回路。

・・・これって、みんなそうなの?どうしてるの?

(どうやって折り合いをつけているかいろんな人に話を聞いてみたい)

 

話を元に戻すと、

今までは「なんで」→「全部自分のせい」だったわけだが

これを「なんで」→「私だけのせいじゃない」にする実験ということ。

 

実行した場合の具体例は、

「こうありたい」と思っていた30代の私になれていない。

ここで、先程のように傷をつけはじめるのではなく、

「私はやれることをやっているんだから仕方ない」

「一緒に頑張るべき対象者が頑張っていないせいだ」

「周りの人が私に"こうあってほしい"と願ってくれないからだ」

「いや、むしろみんなの願いが足りないからだ」(何様だ笑)

「神様だってきっと、今願いを叶えたら問題があると思っているんだ」

・・・みたいな感じ。神様まで巻き込む他責の練習。笑

 

これが今のところ結構いい感じなのである。

当然だけど「私自身の努力が足りない」くせに他責の練習をするのは

ただただ嫌なやつなのはわかっている。

それはしない。あくまで私ができることをやりつくした事項だけで実験する。

そしてこの練習は一切表面化せず、自分の心の中ですくすくと育てようとしている。

実際の行動に表し始めたら終わりだぞ。本当に。こっそりやるのだぞ。

 

まだ始めたばかりの実験なので、他責に慣れてしまった時にどうなるか?

また別の心の問題が出てくるんじゃないのか、と思っている。

そのあたりの変化があれば、こうやって記録しておくことにする。