ねごと日記

ラジオときどきPodcast

よしなしごと -- 6

「え、いやだよ。二人乗りなんて。捕まるじゃん。」

「大丈夫だって。いいから乗って。」

阿部は頑なだった。

なんとなく、このまま阿部を置いて駅に向かうのも変だと思った。

夏のぬるい風が吹いていた。

駐輪場から出て、自転車の後ろに乗った。

二人乗りなんて、高校の部活帰りに友達とやったくらいじゃないかな。

瀬奈は初めて、阿部の背中に触れた。

「ちゃんとつかまって。」

反抗心をしっかり持って、言葉にするのも面倒になっていた。

どうでもいいな。

言われた通り、ちゃんとつかまった。

「やればできるじゃん。」

居酒屋の油の匂いもした。

そこからは特に意味もなく、ひなたのことは忘れて、

お互いの学校の話をした。

阿部は、バイトばかりして勉強が全然できていなかった。

それも予想通り。「思ったとおりだ。」と口をついて出た。

「おい!どういうことだよ!降ろすぞ!」

「降りるよ。」

「嘘だよ!」

自分の人生で、金髪の兄ちゃんが漕ぐ自転車の後ろに乗るなんて、

想像もしていなかった。瀬奈はなんだかぞくぞくしていた。

予想もしなかったことが起きている。

もっと、この生き物を観察させてほしい。そんな気持ちだった。

細くて暗い道を過ぎると、大きな川にぶつかる。

この橋を渡れば、瀬奈の家は近い。

「瀬奈。」

「なに、阿部。」

「阿部ってやめろよ、ヒロトでいいよ。」

「やだよ、付き合ってるみたいじゃん。」

瀬奈はその後も絶対に"阿部"と呼んだ。

なんなら瀬奈は、阿部の下の名前をしばらく思い出せなかった。

それくらい、瀬奈にとって阿部は阿部であり、ある意味特別だった。

「今度さ、水族館行こうよ。」

もうすぐ家に着くところで、阿部はそう言った。

「ん、いいよ。」

特に何も考えずに、瀬奈は答えた。

卒業までの束の間のバイトで、こんな狂いがあると思わなかった。

阿部は、嬉しそうにニコッと笑った。

「瀬奈と出会えてよかった!」

本当にこの陽キャは。つくづく見たことのない反応をしてくる。

やっと、瀬奈は自転車の後ろから降りた。

阿部が勝手に遠回りをしたようで、もう日付が変わろうとしていた。

そうか、電車だとこんなに話せないもんな。

阿部の自転車には、そういうあざとさがあったのかもしれない。

その後も何度も阿部の自転車の後ろに乗り、家まで帰った。

あの大きな橋を渡りきるところで、数えきれないほど警察に止められた。

阿部はその度に「あ〜!ご苦労様で〜す!後ろ乗ってませ〜ん!」と笑っていた。

瀬奈も、警察のいそうなところで自転車からすっと飛び降りて、

いかにも「歩いて一緒にいた」ことを装う変な技術を修得していた。