品川の水族館に行くことになった。
瀬奈は、いつも通り、特別なことなど何もなく、
「品川に行ってくる」と言って家を出た。
阿部と、自転車ではない移動をするのは初めてかもしれない。
瀬奈の最寄駅で待ち合わせて、一緒に電車に乗った。
こんな風貌の男と一緒にいるところを中学の同級生に見られたら、
と一瞬思ったが、驚かれるのも面白いなと思った。
阿部とひなたが結局どうなったのか、知らない。
今も付き合っているのなら、私は悪いことをしているのかもしれない。
だけど、本当にどうでもよかった。
今は何よりも金髪の兄ちゃんのひとつひとつの動作が知りたくて、
発見が欲しくてたまらなかった。
「なんで水族館?」
「デートといえば、水族館っしょ!」
デートって言っちゃってるし。
その後も幾度となく阿部の自転車の後ろに乗った。
ひなたが心の支えにしていた、「ヒロトのサッカー」にもついていった。
分かってはいたが、阿部と同じような雰囲気の人が何人もいる、
小さなサッカーサークルだった。
阿部の仲間たちは明るく接してくれるものの、
「なんでこんな地味な子と?」と思われているに違いなかった。
その点ひなたは可愛がられただろうに。
ただ、私たちは何ヶ月経っても付き合っていなかった。
阿部はしきりに「俺の彼女〜」と周囲に話していたが、
瀬奈は、なぜかそこは超えてはいけないと思った。
「彼女」と「観察対象」のままだった。
すっかり冬になり、バイトは忘年会シーズンで毎日忙しかった。
それでも阿部は、瀬奈を乗せて夜道を漕ぐ。
「なんで付き合ってくれないの〜?俺といたら楽しいでしょ〜?」
「楽しいさ。」
「じゃあ、彼女ってことでいいよね?」
「いや、それは違う。」
「なんで〜、俺はどれだけ待てばいいの〜。
まあ、瀬奈らしいけどな!ずっと大好きだよ〜。」
瀬奈は、阿部の背中にもたれかかったまま、真っ暗な夜の川を見つめた。
遠くに輝くビル群が見えた。
私はどこに向かっているんだろう。
一方、近くで輝く電灯は、くすんでぼんやりしていた。
「阿部が、普通の人だったら良かったのに。」
冷たい向かい風がびゅうびゅう吹いていた。
瀬奈は、自分でもひどいことを言っていると思った。
「ん?なんか言った?」
瀬奈のために、懸命に風を切る阿部には、そんなこと聞こえていなかった。
「ううん、阿部がちゃんと大学を出て、
私を導いてくれる王子様だったら良かったのに、って言った。」
「う、うるせえ・・・・1年あればちゃんと社会人になるから・・・。」
あっという間にお金は貯まり、瀬奈は友人と予定通り卒業旅行に行った。
3月になり、居酒屋のバイトを辞めた。
阿部は、変わらず明るいままだった。
ひなたは、いつの間にかいなくなっていた。