ねごと日記

ラジオときどきPodcast

よしなしごと -- 8

瀬奈は社会人になっても、時々阿部と会っていた。

というのも、なんの運命なのか、

瀬奈が就職した会社の配属先が、居酒屋バイトと同じ繁華街の事務所だった。

就職を機にあわよくば実家を出たいと思っていた瀬奈だったが、

通勤に2駅という超好条件。

ありがたい配属なのだが、ちょっと想像と違った。

そしてその事実を知った阿部は大変喜んで、

しょっちゅうメールを送ってきた。

「今日残業?」

「そうだよ」

「俺22:30上がりだから、迎えに行くよ!」

「いや、いいよ、そんな遅くならない」

「ちぇー、冷たいな!」

阿部は留年生活をなんとしても半年で終えるため、

一応大学には行っているみたいだった。

5年生、さぞかし居心地が悪いだろう、といういじりが鉄板だった。

 

阿部と瀬奈。「関係」というほどでもないが、

いつまでこの感じを続けるのだろう。

そうぼんやり考える中、瀬奈は久しぶりに観たいと思う映画ができた。

社会人1年目で、学生時代の友人はバラバラになってしまったし、

みんな忙しいタイミングだろう。

一人でもよかったが、なんとなく、阿部が頭に浮かんだ。

今まで瀬奈から何かを提案したことはなかったので、

その話を聞いて阿部はまた大変な喜びようだった。

「やっと付き合ってくれるの!?ありがとー!!」

「いやいや、そうじゃないから。」

 

平日に、同じ繁華街の映画館で待ち合わせ、レイトショーに行った。

当然、阿部はいつもの自転車でやってきた。

映画は、流行りの恋愛ものではなくしっかりしたホラーだった。

怖いもの見たさもあったが、実際に観てみると想像以上に残虐だった。

瀬奈は劇中ほとんど下を向いていた。

阿部はわりとしっかり観ていたように思う。こういうの大丈夫なのか。

映画館を出て、そのまま帰ることにした。

電車はまだあるが、阿部と自転車、この組み合わせでバラバラに帰ったのは

もう1年近くないことだった。

映画が怖かったせいもある。瀬奈は、初めて阿部に「一緒に帰ろう」と言った。

阿部は、飛び上がって喜ぶかと思いきや、驚いた様子だった。

そしてそのまましばらく突っ立っていた。

あれ、なんか違う。瀬奈はそのことに敏感に気がついた。

数秒変な間があって、阿部はようやく

「しょうがないな〜!怖がり屋さんなんだから!」と言った。

映画のせいとは言わないが、いつものように阿部の背中にもたれかかっても、

何も言葉が出なかった。阿部も同じく黙っていた。

初めて、静かに大きな橋を渡った。