ねごと日記

ラジオときどきPodcast

ねごとcafe 自分のピーク、そのキャプチャ

こんばんは、陽気なねごとです。

先日、陸上の日本選手権がありましたね。

テレビでじっと観戦しながら、思ったことを書きます。

 

スポーツをやっていた人はみんなそうなのかもしれないが、

「ここが私のピーク」と思う瞬間は、あるとき突然やってくる。

それは、自分ではコントロールできないものの、

私の場合、その瞬間のことをはっきりと覚えている。

 

小学校高学年くらいから陸上クラブに入って、短距離をやっていた。

なぜ入ったかというと、体育の授業や運動会で走る度、

純粋に「男の子より足が速い」という自覚があったからだ。

陸上部というと、だいたい他の部活の子から

「走るって、罰ゲームじゃないんだから・・・」

「好きで走るってすごいね・・・」

と言われる。もう言われすぎてなんとも思わなかったけれど。

でも私にとって走ることは、"とても気持ちがいいもの"で、

いつもと違う景色が見られる、魔法のようなものだった。

それに、陸上部に集まる子たちはみんな「自分は足が速い」とか

生まれ持った性質で、何かしらの自信を持ってくることが

ほとんどだと思うので、(それはとてもいいことだと思う)

淡々と各自が練習メニューをこなし、日々自分自身と戦うことに

「罰ゲーム」だなんて思うことはもちろんなかった。

チーム競技には憧れを持ちつつも、

私も、自分なりに、自分と戦っていた。

 

100mと200mを専門にしていた私は、

中2の地方大会で100mの自己ベストを出した。

あのとき、明らかにいつものレースと違った。

足はくるんと軽く上がり、スタートから調子がいいことがわかった。

中学生女子の100mというと、たった13秒くらいのこと。

走り出した瞬間は、がむしゃらに手足を動かしていたが、

60mをすぎたくらいから、ぱあっと周りが見えていることに気がついた。

ゴールの近くで、「いいぞ!いいぞ!自己ベストいけるぞ!」と叫ぶ顧問。

観客席のわあっと盛り上がる声援。

普段のレースで、こんなに周りが見えることがあっただろうか。

あれって「走馬灯」みたいなもの?

たった13秒の間に?ちょっと信じがたいが、

パラパラと映画のフィルムが刻まれていくような。

あんなにわかりやすい視覚情報は、あのとき、あの瞬間だけだった。

ゴールして、「ああ、自己ベストだ」と確信があった。

思った通り、私の100m自己ベストは、この大会だった。

これ以上のタイムはその後出すことができなかった。

 

200mの方は、その1年後。中3の夏。

転校して、地域も相手も全く違う環境でその日が来た。

「私、絶対200mは勝つから。負けないから。お願い、100mは譲るから。」

同じチームのミカちゃんに、そう言われた。

「うん、大丈夫だよ。200mはミカちゃんに勝てるわけないよ。」

心からそう思っていた私は、正直に答えた。

そのまま、二人同じ決勝レースに、100m、200mと臨むことになった。

確かに私は、100mの方に自信があった。

先行逃げ切り型の私が、後半型のミカちゃんに、200mで及ぶはずがない。

そう思いながら、200mレースのスタートについた。

ジリジリめり込む、クラウチングスタートの親指。人差し指。

グッと押し込む。スタートの音。

その日私は、練習でも出したことのないような、スタートダッシュができた。

「え、これ100mじゃないのに。なんでいいスタート。」

このスピードで、あと100mもつはずがない。

カーブに差し掛かり、ふっと不安がよぎった。

ただ、足の回転は止まらない。周りの景色がぐんぐん鮮明になる。

あの時と同じだ。

後ろの選手の息遣いが聞こえる。どうやら聴覚も敏感になっているらしい。

そのままずんっと両足を踏み込み続けた。

結果、スタートから逃げ切った私は、ミカちゃんを差し置き

初めて200mで優勝することができた。

 

「もー!なんで!200mはダメって言ったじゃんー!」

すかさずミカちゃんの声が聞こえる。

ダメって言われても、なあ。

100mでベストを出したあの時と同じ感触を、両足に、

両腕に、両目に感じていた。

「私のピークだ。」

間違いなくここだ。

パチンと切り取られ、私の記憶の中に、ずっと飾られている。

 

他のスポーツでも、いや、特に陸上を見ていると、

この時のキャプチャが何回も蘇る。

「自分のピーク」を、狙った大会に持ってくることがいかに難しいか。

それをコントロールするのがプロなのかもしれないが、

私は偶然の力を借りながら、一つ、二つ、キャプチャを残すことができた。

標準記録に僅か及ばなかった選手、惜しくも2位だった選手、

その姿にグッとくるのは、

中学生の私が、ぎゅっと記憶を引っ張り出してくれるからかもしれない。